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2014.12.04

第十七回 神式葬儀(神葬祭)知識について

こんにちは。

今回取り上げるテーマは、「神式葬儀(神葬祭)知識について」です。

日本の葬儀と言えば大半が仏式の葬儀であります。
今まで参列されたお葬式で、神式葬儀(神葬祭)に出られた事は、あまり無いのではないでしょうか?そこで神葬祭の歴史、葬儀の内容、マナー、法要などについてご説明させていただきます。

また、 みんなのお葬式では、神式のお葬式にも対応しているので故人の宗派にあわせたお葬式を行なうことが可能です。

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○神式葬儀(神葬祭)の歴史について

現在では日本人の殆どが仏式の葬儀を行なっていますが、神式葬儀(神葬祭)は日本古来の日本独自の宗教である神道で行なわれる葬儀です。
日本史の中で積極的に仏教が取り入れられ、神道は圧迫されるという流れの中で、現在の日本人の多くは何らかの仏教徒として葬儀を行ない、そして寺に墓をもっている人が多いのが現実です。これによって日本人でありながら神式葬儀(神葬祭)に出席した経験がある方は少ないと思います。尚、皇室が神道であることは有名なことです。

【原始神道】

神道の起源は、国内において発生した自然宗教であります。
日本という風土の中で育まれた、自然物をはじめ人工の器物にさえ霊魂が宿っているとする考え方です。わが国では、旧石器時代にはじまって、縄文、弥生といった先史時代に、原始宗教としての神道が次第に形づくられていったとされています。

【奈良律令時代】

大和政権は大化の改心645年以降から671年近江令や701年の大宝律令など中国の唐をみならい律令制を導入していき、律令格式という法体制の中で、古代神道の神祇制度を国家制度として組み込み、確立していきました。

【神仏習合】

神仏習合のはじまりは8世紀後半~9世紀前半にかけて全国のいたるところでその普遍的内容の教義が、教義面で乏しかった古代の神祇信仰と結びつき、次第に発展をしていきました。
このように日本固有の神道と中国より伝わった仏教とがまじわり結果生じた宗教現象を「神仏習合」と呼び、仏教の教義が神祇の体系を包摂していった。この結果、ほとんどの神社の祭神に本地仏が定められるようになりました。

【武家戦国時代】

平安時代の本地垂迹説に代わり、鎌倉時代には神国思想の広まりから神主仏従の神本仏迹説(反本地垂迹説)が発生しました。伊勢外宮神官度会行忠[わたらいいえただ]は『神道五部書』を著し、子の度会家行はこれを根本法典として儒教思想や道教思想をも取り込んだ日本初の神道理論である伊勢神道(度会神道)を大成しました。
吉田神道は、日本固有の惟神の道を主張し、天照大神、天児屋根命から直伝、相承した絶対本質的な神道の意から、元本宗源神道、唯一宗源神道(唯一)などとも云う卜部(うらべ)神道を生み出しました。

【神仏分離】

約 12 世紀のあいだ、神道と仏教が同様に信じられていたといます。「神道は日本人の宗教で、仏教は外国の宗教だから、分別しなければならない」というアイデアが17 世紀に発想されました。歴史上では、神仏分離令は1868(明治元)年に出したとされています。

【国家神道】

国家神道では国が法令よって他の神道と区別し、管理しようとした神社神道のことです。
天皇家の祖先神とされる天照大神を祀る伊勢神宮が、全国の神社の頂点に立つ総本山とされました。明治政府が神社は宗教にあらずという理論で神社を国家の宗祀(国家が祀る公的施設)と位置づけて神社神道を他の宗教とは異なる扱いとし、ここに国家神道が成立しました。

○神式葬儀のながれについて

【納棺前に行うこと・ご臨終~納棺の儀】
  • 1.亡くなると、まず神棚と祖霊舎(先祖を祀るところ)に帰幽(亡くなること)したことを報告し、前面に白紙を貼ります。
  • 2.病気平癒などを祈願した神社があれば、祈願を解いて産土神社(土地の氏神様)に帰幽の報告をします。つまり、その神社に代参(喪主の代わりとなる人)を派遣するか遥拝(遠くから礼拝)します。
  • 3.葬儀執行のため、斎主、副斎主、係員、伶人(雅楽を奏でる人)などを委嘱します。
  • 4.各祭について幣帛(進物)、神饌(食物)、玉串その他、その数量程度を協議決定します。
  • 5.霊璽(位牌に相当)、墓誌、銘記、墓標等の揮毫を依頼します。
【枕直しの儀】

末期の水を取らせ、遺体を清拭し新衣という白木綿の小袖を着せます。殯室(遺体を安置する部屋)に移し遺族や近親者が死者を囲みます。
このとき頭は北または部屋の上位(向かって右)にします。白布で顔を覆い、枕元に枕屏風を立て、守り刀を置き灯火をつけます。
守り刀(小刀その他の刃物で代用できる)は、枕元に小案(小さなテーブル)を設けて刃を遺体と逆方向に向けて置きます。
遺体の前に案(白木八足のテーブル)を設け、生前に好んだ常饌(日常食べた食物)又は、生饌(洗米、塩、水)を供えて、家族や親族は謹んで遺体の側近くで奉仕します。

【納棺の儀】

殯室で遺体を沐浴させ、棺の中に遺体を納めます。
故人が愛用していたもの等を入れてフタをします。なるべく早く納棺し、正寝(表座敷)に移動して、柩前をそう装飾し、饌(食物)を供えては拝礼します。

【通夜祭・遷霊祭儀】

仏式のお通夜にあたるのが通夜祭です。死亡した後に、葬儀を行なうまでの間、遺体のある場所で生前同様の礼を尽くして手厚く奉仕する大切な儀式です。
葬場祭(告別式)の前夜に行うのが適当です。本来は通夜とは別な儀式です。
遷霊祭は、発柩(出棺)以前に、故人の霊を(位牌に相当)に遷し(移し)留める儀式で「みたまうつし」とも言われます。夜間に行うのが本式です。
霊璽には木主、笏などを用いますが、鏡など故人の遺品などをあてることもあります。発柩までは仮の御霊舎を設けるか、同室の枕元に仮の霊床として安置します。
霊璽は、忌明後、祖霊舎に移し末永く家の守護神として奉仕します。
遷霊祭では、斎主が霊璽の覆いを取り外し柩前に向け、遷霊詞をのべて警蹕(声をかけること)を行い霊璽は元の向きに戻し、覆いをかけます。この間室内の灯火は全て消しておきます

【葬場祭の儀】
  • 1.伶人(楽士)、参列者、会葬者、関係者が着席します。次に斎主、副斎主、係員が着席。次いで喪主、家族、親族が着席の順で着席します。(いずれも先立ち水の手の儀)
  • 2.斎主が一拝し、一同がこれにならいます。
  • 3.係員が饌(食物)を供え、次に幣帛を供える。(この間伶人楽を奏です)
  • 4.斎主が祭詞を申し上げる。この間参列者は、馨折(軽く頭を下げること)します。
  • 5.誄歌(しのびうた、とも言う。故人を追慕する歌)を奉奏します。誄詞、弔辞、弔詩歌、弔電等を奏上する場合は誄歌奉奏の次に行います。
  • 6.斎主が玉串拝礼(副斎主以下祭員は列拝)します。
  • 7.喪主、家族、親族の順番に玉串拝礼します。
  • 8.参列者、会葬者、関係者が玉串拝礼します。
  • 9.副祭主以下祭員が幣帛、饌を徹します。(この間伶人楽を奏す)
  • 10. 斎主一拝して、一同これにならいます。
  • 11.各々退出します。
  • 12.近親者と関係者が柩を輿または霊柩車に移し、火葬場又は、墓地に向います。
【火葬祭の儀】

出棺(発柩祭)あとに火葬場へ移動し火葬祭が行なわれます。

【埋葬祭の儀】

火葬の後に、そのまま墓地へ行き埋葬する時に埋葬祭が行なわれます。
そのまま埋葬するのではなく、遺骨を家に持ち帰る場合もあります。

【帰家祭の儀】

帰宅した後におこなわれる。門口で手水をおこない、お祓いをします。
(帰家清祓の儀)。その後、新しく用意した祭壇で霊璽や遺影を飾る奉幣、
献饌が行なわれます。
そして、斎主が祭祀を奉上し、玉串奉奠をおこなって儀式が終了します。

以上が一連の流れになります。仏式に似てはいますが少しずつ呼び名など違うところを覚えておくとよいでしょう。

○神式葬儀の敬称・作法・マナーについて

葬儀は宗教により何種類か分かれておりますがその中の一つに神式葬儀はあります。
葬儀の進行については仏式葬儀と基本、変わりませんが言い方や作法に何点かの違いがあります。
神式葬儀においては、仏式葬儀で言う通夜にあたるものを「通夜祭」、葬儀、告別式にあたるものを「葬儀祭(神葬祭)」と呼び日本の仏式葬儀の次に多く行なわれている葬儀の形です。
仏式葬儀と異なるのは、「手水の儀」とそれに続き執り行われる「玉串奉奠(たまぐしほうてん)です。実際に神式葬儀のマナーはどのようなものでしょうか。
仏式の焼香にあたるものとして、神式葬儀においておこなわれるのが「手水の儀と玉串奉奠」です。

【手水の儀】

葬儀の前に参列者の心身を清めるために行なうのが「手水の儀」です。
手水の儀の手順は次のとおりですが、地域により多少の違いがありますので斎主に確認を行ないましょう。

  • 1.桶に入れた水を柄杓ですくい、3回分けて両手を洗い流します。
  • 2.柄杓で水をすくい、それを左手に受けてその水で口を清めます。
    清めた後は、白紙で両手拭きましょう。
【玉串奉奠】
  • 1.玉串案(祭壇)へ進み遺族と神官に一礼をおこなってから榊の小枝にシデ(白和紙の飾り)を付けた玉串を受け取ります。受け取ったら再び神官に一礼をおこないます。
  • 2.左手のひらを上にして、葉先中央部分をのせた後に右手をかぶせるように枝の方を軽く摘んで受け取ります。
  • 3.玉串を旨の高さまで持ち上げ、根元を手前にしてまっすぐ持ちます。
  • 4.左手を根元に右手を枝先へ持ち替えます。
  • 5.時計回りに回転させ向きを変えます。
  • 6.一歩下がり、二礼二拍手の後、両手を下にしてさらに一礼、そのまま二歩下がり向きを変えて神官、親族の順に一礼してから自席に戻ります。
  • 【基本的な作法】

    神式葬儀の基本的な作法としては「二礼二拍手一礼」であります。
    葬儀の際は、基本変わりませんが祈願、祝事とは違い「しのび手」といい、実際には両手が合さる寸前で手を止めて音を立てずに行なうのがマナーです。
    しのび手は故人の一年祭まで行われます。尚、仏式とは違い「数珠」は必要ありません。

    【香典のマナー】

    神式葬儀の香典の書きは「御霊前」や「玉串料」、「御神前」と書くのが一般的です。
    墨は薄墨で仏式と同じですが、仏式のように蓮の花の絵柄が入った不祝儀袋は使いません。
    双白の水引で必ず白無地を使用します。
    下の段にはフルネームで書き入れますが、連名の場合は右側が目上の席になります。
    神式の不祝儀袋が用意できない時は、白無地に双銀の水引がかかったものに、「玉串料」か「御霊前」しておけば失礼にあたいません。

    ○神式葬儀の主な霊祭(仏式でいう法要)につて

    【神式の主な霊祭】

    神道では、法要のことを「霊祭」と呼びます。仏教の場合は7日ごとに法要が行われますが、神式の霊祭は10日毎におこなわれます。死後50日目の五十日祭で、忌明けとなります。
    そして十年祭まで親族や知人を集めて神事を行ないます。
    霊祭のあとは、直会の儀で参列者にも食事がもてなされます。

    翌日祭・十日祭・二十日祭・三十日祭・四十日祭(十日祭が仏式でいう七日法要にあたります。)
    ・五十日祭(亡くなってから50日目が忌明けとなりますので神官、親族、知人などを招き営みます。)
    ・百日祭(遺族で拝礼をおこないます。ただし省略することも多いです。)
    ・一年祭・三年祭・五年祭・十年祭(神官、親族、知人などを招いて営みます。神社によって異なるが、一年祭は一年目、三年祭は三年目と数え方が仏式と異なります。
    ・五十年祭(遺族で拝礼をいたします。)

    日本人として神式は、祈願、祝事のイメージが大半で葬儀として参列する機会があまりないかと思います。しかし、日本古来の伝統として普段より神式葬儀の知識も知っておくとよいのではないでしょうか。

    いかがでしたでしょうか。
    今回は神式葬儀(神霊祭)知識について紹介させていただきました。
    今後もお葬式に関する様々な事を取り上げて紹介させていただきますので、どうかよろしくお願いいたします。

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